以前、ひもくみはアゼルバイジャン人を元カレにしていた事がありました。そのアゼルバイジャンの男性は、もちろん国籍も珍しいのですが、少しDV気味の性格も持ち合わせていました。
因みに、ひもパンくみこという呼び名は、私の母が私に向けて呼んだあだ名です(笑)私の恋愛話になってしまうのですが、私がアゼルバイジャンという日本からしたら馴染みのない国へ行った物語を書き記して行きたいと思います。
アゼルバイジャン人との出会いのきっかけ
それは、私がFacebookを使っていた2013年。あるアゼルバイジャン男性の方が友達申請をしてきました。 彼はトルコ語が分かったので(私もその時勉強していたのもあって)、てっきりトルコ人かと思ったのですが、
「僕は、アゼルバイジャン出身だよ!」
という感じで訂正されて、そこから彼とのチャットが始まって行ったのがきっかけでした。
はっきり言って、彼は変わっていました(笑)画像で花は送ってくるし、何か日本人男子にはないほどの愛情表現(?)をふんだんに使ってくる彼。良い意味でも悪い意味でも、彼は素直で純粋な男の子(当時24歳)でした。
何故でしょうかね。当然、私がイスラム教徒に改宗したというのも大きいのでしょうが、それ以前から何故かイスラム教徒の男性達からモテてきました。もちろん、イスラムとは関係のない人もいたのですが、いや、圧倒的にムスリム(イスラム教徒の人達の呼び名)の男子が多かった!
私も、中東や北アフリカの人達の顔、結構タイプなので、お互い需要と供給が合っていると言えば前向きな考え方なのでしょうけれど。
さて、それはさておきアゼルバイジャンからひょっこり現れた通称R氏。R氏、今から列挙する性格で皆さん彼がダメ男と分かるでしょう(笑)
- すぐ嫉妬する。
- 我慢できないから、すぐ切れる。
- 女々しい。
- 保守的。
- 都合よくイスラムの戒律を使ってくる。(しかも、間違えている)
ダメ男の何よりもありません・・・・!!!最初は、ホントに彼の嫉妬深さに傷付けられました!彼は傷付いたら、その傷を補う為に相手に対しても攻撃するというハリネズミ的な要素があって・・・・。ここまで悪口を書いておきながら、何故好きになったのか。これは私の悪いところでもあるのだけれど、
「私は彼を変えれるかもしれない。」
という考え方からでした。これ、「共依存」です。これに共感する人、一度私が以前まとめたACについて詳しく読んでみて下さい。
ここで、私の凄い(自分でもはや自負します)ところは、実際クソ面倒くさい手続きを踏んでアゼルバイジャンに行って彼と会った事。ここで会わなければ、
「何だよ。ただのチャット恋愛ネタかよ。」
となるでしょう。実際会うとしても、皆の言う遠距離恋愛とは訳が違います。大阪~東京とか。福岡~青森とか。私にとって、そんなのもはや壁ではない!
大阪~アゼルバイジャン。
たまに、日本人の方でもこの呼び名、間違えてるの知ってますよ?(笑)そんな遠い国。ここまでいくと馬鹿の極みかもしれませんが、彼の誕生日が12/28だったので、その日を祝う為にアゼルバイジャンへと行きました。その時のR氏の、調子の乗りようときたらもう・・・・・。
私、クミコは昔からそうでした。無駄に行動力だけはあった。そして、今回も無駄な行動力を費やしただけだったかもしれません。アゼルバイジャンに行く前からずっと、喧嘩もしてました。例えば、私の好きなものに対してはすぐに嫉妬したので、私の男友達には半端じゃない嫉妬心を燃やしていました。
「誰だ、このバハディルって奴は?!」
「うん、彼はね、前言ってた私の大親友だよ♩」
「もう君とは話したくない!」
( ;´Д`)
もう意味ワカメでしたよ、ホント(笑)一応フォローとして、
「確かに、バハディルはイケメンだよ? けど、Rも同じ位イケメンだよ( ´ ▽ ` )ノ」
と言ったのがマズかった。
「僕とそいつを比べるな!」
えぇぇぇぇっ( ;´Д`)?!
「そいつと会ったのか?」
(バハディルとの出逢いについては、バハディル編参照)
「うん、トルコで会ったよ。」
「どうせ、そいつとデートしたんだろ?」
「いや、会ったのも一瞬だったし、お互いFacebook交換しただけで終わったよ(笑)」
「君は僕を馬鹿にしてるのか?」
(うん、してるさ!)
「ううん、してないよ。ただ、そんなに嫉妬しなくても大丈夫なのに、と思って。彼の事好きなの?」
「はっ?」
「いや、だってよく彼について聞くから気になってるのかなぁー、と思って。」
「全く」
という彼の受け答えは、どう考えても嫉妬の塊。 私にとって、この彼の嫉妬深さがあまりにもバハディルの名前を引き出させたので、
「もしかしてR、彼と友達になりたいんかな?」
とか思ってました(笑)
こんな分かり易いようで分かりにくいR氏。何故でしょうね。普通恋愛相談って真剣深刻な感じのものが多い中、私の相談は皆の笑顔が絶えませんでした。
いや、私も言われて傷付いた事いっぱいあるんですよ?例えば、「地獄へ堕ちろ!」とか。(後々聞くと、アゼルバイジャンではこういった類の悪口を普通に日常生活の中で使うらしいです。日本で言う「お前ウザ、死ね!」って言う感じですかね)
「君は黒蛇だ!」 とか。これに関しては意味不明で、最初は褒めてくれてるのかな?と勘違いしてました。というのも、私はShakiraの影響で蛇が好きになったので(笑)
Shakiraみたいにクネクネになりたいという願望を前から抱いていたひもくみは、R氏に褒められたのかと思いきや、コンタクトをブチっとカットされて初めて怒ってはる事に気付くという・・・・・。ここまでが、R氏とアゼルバイジャンで会う前までのお話し。それでは、実際会ってみたひもくみはどうだったのか?
その前に、アゼルバイジャンビザの取り方
アゼルバイジャンでの出来事は後々説明するとして、アゼビザ取得について少しここでご紹介したいと思います。当時の私は、直接アゼルバイジャン大使館に行ってビザ申請をした覚えがあります。そして、手続きもややこしかった!そんな苦労して取得したビザが、こちらです。

当時は、ビザの右に自身の写真が貼り付けてありました。それがね、今は何とかなり簡単になってます。しかも、ビザ申請の費用も無料!
アゼルバイジャンに入国するには,あらかじめ査証(ビザ)を取得する必要がありますが,2016年2月1日から国際空港(ヘイダル・アリエフ国際空港(バクー)及びギャンジャ空港)において,日本国旅券所持者に対して,一般査証(一次有効,滞在期間:30日)の発給が開始されました。同査証発給の際は,顔写真は必要ありません。査証料は無料です。
一般査証以外の査証については引き続き,あらかじめアゼルバイジャン大使館で査証を取得してください。アゼルバイジャン大使館での査証申請には顔写真2枚(縦4cm×横3cm)が必要です。
(出典:http://www.az.emb-japan.go.jp/009jp.html)
以前は、ホテルのInvitation Letterというのも必要でした。そして、その手紙には、マネジャーのサインとハンコが必須だったのです!ひもくみは、自分でホテルを探して、そのホテルの方にメールで「ビザ欲しい」と書いて送ったら、パスポートのコピーが欲しい(パスポートナンバーを記すため)と返事が来たので、また送り返し、そして、その後メールでこのInvitation LetterをGETしました。
そんなややこしかったアゼルバイジャンビザが、今では無料で手続きも簡略化していてビックリしました!
アゼルバイジャンに行った訳
Avril Lavigne(アヴリル・ラヴィーン)の「Goodbye」を聞くたびに思い出すんです。アゼルバイジャンでの彼との思い出を。元々、そんな自身の失恋を重ね合わす事なく、純粋にこの曲が好きだったんですけどね。アゼルバイジャンのホテルとPV動画のホテル。失恋の涙―――。何もかもが、今では重なるひもくみの名曲の一つです。
あれだけ喧嘩してた私とR氏。直接会っても、喧嘩するんだろうな、と思ってました。だから、プライベートな場で会ったら殴られる可能性もあると思い、公共の場で会おうとひもくみは提案しました。そして、R氏と合わないと思ったら、そこからは私一人でアゼルバイジャンを旅行するとーーー。
私は、あまり信じていませんでした。R氏が私に会いに来るとは。私はいつも、
「あなたは、どうせ私と会わないでしょ。」
と口癖のように言っていました。そしたらR氏は、
「必ず君と会う。僕は約束したんだ。守るよ。」
と必ず言い返しました。
2013/12/28~2014/1/5までアゼルバイジャンに行きました。その旅は、私にとって忘れられないものとなりました。

アゼルバイジャンのKFC(ケンタッキー)が、こんな豪華な建物だった事も未だに忘れられませんが(笑)
私がアゼルバイジャンでの最初の頃は、本当に不幸でした。まず、格安航空チケットを取ったという事もあり、ロシアで8時間程待たねばなりませんでした。正直ネット環境も悪く、ひもくみはロシア人のイケメンに集中するしか良いことなかったくらいに、モスクワ空港で良い思い出なかった。
そしてその後、ようやくアゼルバイジャンの中へ!その時にパスポート、アゼルバイジャンビザを見せたときの審査員の怪訝な顔、ひもくみは忘れてません。
「え、じゃぱねーず?」
という感じの顔で、珍しかったんでしょうね。けれど、「Welcome to Azerbaijan!」 と出迎えてくれました。そこからです。ひもくみびっくり仰天体験が幕を開けるのはーーー。
スーツケース消失事件
着いた早々、何故かひもくみのスーツケースがないのです。慌てて、そこいたスタッフの人にひもくみのスーツケースを尋ねてみる事に。結果、私のスーツケースはよく分からない国名に飛ばされていました。原因は、何となく分かります。
私は、乗り換え乗り継ぎで時間を掛けてアゼルバイジャンへと行きました。その途中、韓国のパイロットのおじさんに、
「君はモスクワ空港で、自分のスーツケースを取りに行かないといけないよ」
と言われていたのです。そして、それを実行しようとモスクワ空港にいるインフォーメーションセンターにいるスタッフに尋ねると、
「何言ってるんだい?ロシアのビザがないと、君はモスクワ航空の外に出られないよ。つまり、君は自分のスーツケースを取りに行けないってこと。」
(゚-゚)(゚-゚)(゚-゚)?!
ひもくみの心の中で、
「あのツルツルプーチンめ!!」
というロシア、プーチンに対する悪意を感じました(笑)
「何かありそう。」
という漠然とした不安を抱きながら、アゼルバイジャンのバクー(首都名)空港に降り立ったひもくみ。そして、やっぱり何かありました。スーツケースがない.....。
アゼルバイジャンの三流ホテル
スーツケースが無い状態で自分が予約したホテルへと向かいました。ホテルのスタッフの人達は、4人程と少なかったです。その内、女性のスタッフが1人だけで、なんと私よりも年下の22歳でした。その子だけが唯一英語を話し、あとのアゼルバイジャンの男性スタッフ達はアゼルバイジャン語、トルコ語、ロシア語と英語以外の言語で楽しげに仲間内で語らっていました。
そうなんです。アゼルバイジャン人は、全く英語を話せません。話せる人達は、大学行って英語を学んだ高学歴層なんだというひもくみの実感です。なので、R氏はアゼルバイジャンの中でも賢い方なんだと思えました。たとえ、英語の文法が破滅的でも(笑)
そのホテルの内装は、こんな感じ。
正直、微妙でした。トイレにはトイレットペーパーも当初用意されてなく、慌ててスタッフの人が探し出してひもくみに渡して来ました。施設としては問題ありですが、ホテルのスタッフの親しみ易さを売りにして、ホテルの評価はかなり高かったのを覚えています。
さて、本題に戻って。スーツケースが無い状態のひもくみ。
空港内のおじさんに、
「次の日には、君のスーツケースは届いてるよ( ̄ー ̄)ニヤリ」
という言葉を信じて、またバクー空港に着いた次の日に向かったんですね。そしたら、はい。
トドイテナイ・・・・。
こういうのって、海外では普通なんですかね。英語がしゃべれない男性ホテルスタッフの車で、空港にもう一度行ったのですが、その行ったタクシー代として3,000円も取られましたし。行った意味も無いし・・・。
これ以外にも、アゼルバイジャンの首都バクーでは、一般のアゼルバイジャン人の人達はアゼルバイジャン語しか話せません。なので、食事や何かモノを買うにしても苦労しました。さらに、ひもくみはスーツケースが無いので服を着替えられませんでした。
なので、3日間ずっと同じ服で過ごすという不潔感極まりない生活をホテルで過ごしていました。
こういったストレスだけでも、正直耐えがたかったのですが、R氏は仕事があるからと私に会いにも来ず・・・・・・。誰も頼る人がいない。さらに、これ以上のストレスがひもくみを襲いました。
ホテルマネジャーのナンパ事件
それは、ホテルでのこと。ホテルの部屋は広かったのですが、Wifiが繋がりにくく、ロビー近くのソファーの方がネットが使い易かったので、そこで使わせてくれるよう頼んだんですね。そこで、3人のホテルスタッフもくつろいでいて、その内の英語がしゃべれる女の子中心に少しひもくみは話しました。
話題は、イスラムについて。ひもくみ、アゼルバイジャンでは帽子を被っていて、あまりイスラム教徒っぽくなかったんですね。(冬の間は、よくするんですけどね)
また、このアゼルバイジャンに行く前は、アルバイトでヒジャーブ(スカーフ)を被らずに働いてたんです。バイトを見つけようにも、ヒジャーブを被って行ったら、ことごとく断られたので。その事について彼女は、
「イスラム教徒ならしっかりイスラムの事を守ってお祈りも被り物もしなければならない。」
と言ったんですね。ただ、何も被っていない彼女に(笑)そういう会話をしつつ、隣のマネージャーの男が、ひもくみに少し日本語で話しかけてくれました。
「ヒメ」とか「コンニチハ」とかとか。
何故「ヒメ」(笑)とか思いつつ、トルコ語で「ありがとう」とか言いながら、適当に会話してました。そしたら、その周りにいた女の子含むスタッフ達が、
「彼を、あまり本気に相手しない方が良いよ(笑)彼、アゼルバイジャン人じゃなくて、Lezgin出身だから。頭おかしいんだよwww」
Lezgin人とは?
アゼルバイジャンすらも、どこかあまり分からない日本人のあなた。もはや、Lezgianとは何ぞや?となりますよね。一応、Wikipedia先生によるとこういう人達です、はい。
http://en.wikipedia.org/wiki/Lezgian_people
Lezgianは、国じゃないです。民族です。ひもくみは、因みにLezgian知ってましたよ。こんな、Wikipediaにも日本語で載っていない民族を。それは何故かって?何故なら、R氏がLezgin出身だったからです!はい、これだけアゼルバイジャンを強調しながら、 彼の国籍はLezginという意味の分からない出処だったんですよ!!
そんな、同様のLezgin出身の彼。確かに、ちょっとテンション高めのいじられキャラでした。いじられキャラのその彼は、さんざん皆にいじられた後、私と二人きりになりました。そして、彼は何か私に言いたそうな感じでした。ただ、言語が分からない・・・・・。特に、彼はアゼルバイジャン語しかしゃべれなかったので、私の拙いトルコ語でも対応しにくかったのです。
しかし、私たちにはパソコンがあった。二人共パソコンを使いながら、隣通し座っていたので、そんな彼が画面を見るよう私に促しました。すると、Google翻訳を持ち出し、彼はアゼルバイジャン語から日本語に翻訳し始めました。よく見てみると、そこには、
「私は、あなたの事が好きだ。」
と書いてありました。
(°°)(°_°)(°0°)?!
信じられますか、皆さん?そもそも、会って言語が通じ合えない男女に、恋愛感情は芽生えるのでしょうか?
「何で好きなの?」
と純粋に聞いてしまいました。すると、
「君の瞳が美しい。」
と答えてきました。ありがとう(笑)ただ、ひもくみはスーツケースが無い、ずっと3日間一緒の服、言語が通じないストレス―――と、溜まりに溜まっていました。それに、極みがこれです。もはや、私のストレスパラメーターは頂点に達していました。
さらに彼は、
「僕は、このホテルのマネジャーだ。この僕の気持ちを他のスタッフには広めないで欲しい。どうせ、彼らは僕をからかうに違いないからさ。」(うん、確かに。)
「ありがとう。あなたの気持ちは嬉しいけど、私はあなたの顧客で、あなたはお店の人。それだけの関係よ。」
とひもくみは、丁重にお断りさせて頂きました。すると、彼は
「それは、残念だ。」と。
「けど、君が好きだ。」
はい?(°-°)
そして、彼は簡単に自分の自己紹介をしつつ、
「君を抱きしめたい。」
とまで言ってきて、一体何の残念だったんだろう?とひもくみは疑問に思ってしまいました(笑)
「ごめんなさい。私は一人の男の人に会いに来るために、アゼルバイジャンへと来ました。」
「彼は、君の彼氏なのかい?」
「ええ、そうよ。」
「それは、残念だ。」
「けど、君が好きだ。」
「・・・・・・・・。」
Lezgin人は、なんだかとても情熱的なんですね。そして、そんな男達に何故かモテるひもくみ・・・。さすがに、私の疲労やストレスは、彼によりピークに達してしまいました。何度か、「もう部屋に帰ってシャワーを浴びて寝たい。」と言ったのですが、彼は
「君の部屋に行って良いか?」
と、ちょっと嫌な展開になってきたところで、別のお客さんが来て彼に相手が出来たので、急いでひもくみは部屋に戻りました。
「何で、アゼルバイジャンに来てまでこんな苦労をしているんだろう?」
この話をR氏にメッセージで送ってみたら、いつもは嫉妬ばかりのR氏が
「君は、僕の話をそのマネージャーにしたの?」
と尋ねてきて、
「したよ。」
と答えたら、何だか嬉しそうでした。きっと、勘違いして意味が分かってないのだろうと分かっていても、それを突っ込む気力も大阪人であるひもくみには、もはやない。さすがに、服も4日間一緒は嫌だったので、シャワーで洗って部屋干しし、私は裸でベットで寝ることに決めました。
風邪とスーツケース帰還
12月末。寒い夜に、疲れがある状態で寝た次の朝。当然、ひもくみは風邪を引いてしまいました。丸一日寝込み、未だスーツケースは届かない。そんな、最悪の状態でした。外に出ようと思っても、あの例のマネージャーとは会いたくない気持ちもあったし・・・。
ただ、一度だけ外出しました。風邪とはいえ、何も食べたくなくても、何か食べなくては!そう思い、りんごを買いにホテルを出ました。そしたら、帰宅途中にあのマネージャーと2人のスタッフに会いました。
2人のスタッフは何も知らないので、私に普通に話し掛けてくれました。彼を除いては(笑)表情からして、何だか気まずい感じを装っていたのですが、
「いやいや!気まずいのはこっちだし。」
と思わず心の中で突っ込んでしまいました。そして、次の朝。風邪も治り、スーツケースも取り戻す事が出来たので、このホテルとも最後の別れになりました。因みに、その見つかったMYスーツケースはこちらです。

ここのホテルの従業員には、次また新しいホテルに泊まり行くと最初の方に伝えていなかったので、最後に実はまだアゼルバイジャンに宿泊する予定で、違うホテルに行くという事も伝えました。彼らは当然、
「え~~、何でクミコ!ここに最後まで泊まりなよぉ~~~!!」
と言われたのですが、皆さんは私が泊まりたくない理由はもうお分かりでしょう(笑)アゼルバイジャンに行く前から、2つ違うホテルに泊まるという事は決めていたので。そして、また新たなひもくみの旅へと展開していくのです。
甘酸っぱい恋
これがあってからの、R氏との初対面。正直、凄く緊張したひもくみ。
どきどき。ワクワク。
そんな気持ちでいっぱいでした。
まず、感想から言うとR氏はまるでネットの世界とリアルの世界での対応が違いました。本当にアゼルバイジャンでのR氏は優しかった。ひもくみの人生の中で、最高の恋人と言っても良いくらいにさりげない優しさや気遣いが出来る男性でした。私のゆっくりな歩調に合わせてくれたりとか。さりげなくランチの後に支払いを済ませてくれていたりとか。
ふぅ。本当に、一瞬の良い思い出でした。昼食のレストランでは、R氏は私に伝えたい事があると言って来ました。
「君の事が、本っ当に好きなんだ。」
これを直接言われたひもくみは、とても甘酸っぱい気持ちになりました。そんな面と向かって好きな異性に、ここまで直接的に愛の言葉を受け取った事がなかったからです。そして、彼はプレゼントがあると言いました。アゼルバイジャンに行く前から、彼はずっと私にプレゼントがあると言っていました。
しかし、そのプレゼント内容を教えてくれず・・・・。私は、ずっといらいらいしてました。ここで、ようやく彼は教えてくれたのです。そのプレゼント予定のプレゼントとは、何と指輪だったのです!
ひもくみ人生初の、ゆびわ。輪っかじゃない。そんなもの、異性から一度も貰った事ありませんでした。
「え、ドラマか映画かな?」
全てがそう思えるようなシチュエーションでした。アゼルバイジャンでの、何とも甘い体験。
R氏の首都から離れた実家へ
この次の日に、実は彼の家に行く事になっていました。R氏は、何故かひもくみを彼の家に招待し、母親に会わせたいという願望を非常に強く持っておりました。彼の結婚願望は、彼に会う前から凄く感じてましたよ、はい。そして、彼は母親に親戚の娘さんを紹介されていて、その紹介を断っています。この当時は、
「何とR氏は私の事を思ってくれているんだ!」
とか思っていましたが、今となっては、
「R氏よ。早い事その娘さんと結婚すべきだったんじゃないですかぃ?」
と言う程の思いしか持っていません。残念ながら。
そうなんです。女性は、男性よりも思いが冷めるのが早いんです。後々知りましたが、男性の方が分かれた後もずっと引きずってるんですね。元カノの写真を残していたりとか。もう一度、コンタクトを取ってみようとしたりとか。
そんなこんなの、R氏。とりあえず、ひもくみは彼の家に行くという心構えはしていました。そして、泊まっても良いと聞いていたので、彼氏の実家に泊まりに行く。という体験をこの時初めてしました!ただ、R氏は私が彼の彼女だとは母親には「言えません」でした。遠い日本から来た女の子が、まさか、ね。なので、彼は友達として母親に私を紹介したのです。
ただね。彼、「彼女が泊まりに行くよ。」という事は彼の母親に言っていたのですが、その詳細をちゃんと伝えてなかったんです。だから、私が
「この日に、それじゃ泊まりに行くけど、良い?」
と聞いたら、
「良いよ。」
って言ってたにも関わらず、母親が機嫌悪いという理由で、私の事を彼女に言い出せずにいました。泊まりに行く予定であった前日。彼は、ひもくみに
「やっぱり無理だ。」
と言って来ました。
「は?」
ひもくみは、ぶち切れました。ホテルもキャンセルしちゃってるし、言うのが遅い。今から、他のホテルを探そうと思っても・・・・。それを彼にちゃんと責任を取ってくれるように責めました。
すると彼に一本の電話が。母親からの電話で、家庭教師の仕事で怒っていた彼女のほとぼりが冷め、私を家に招き入れてもOKという内容でした。R氏と関わっていると、こういう風に突然何かが終わったり、またOKになったり・・・・。これは、文化から来るものかは分かりませんが、ひもくみにとっては複雑な気持ちにさせました。
一応、日本から彼と彼のお母さんに日本からのお土産も携えて来ていたので、会えなかった場合そのお土産をどうしよう・・・。と、そんな事まで考えてました(笑)
元カレのお母さんと初対面
さて、首都バクーから離れたR氏の実家へ急遽向かう事になったひもくみ。基本的に、アゼルバイジャンやトルコの移動手段はバスです。バスで2時間掛けて、向かう事になりました。都内の中のバスだと、一回40円(安!)だった気がするのですが、高速バスだと何円か覚えていません。
というのも、アゼルバイジャンでR氏と会っている間、食事代や交通費は全部彼持ちだったからです。それを、「俺払ってやったんだぜ、どや!」みたいな感じではなく、さりげなく支払いを済ませてくれた辺り、カッコいいなとは思いました。(今では、当然とも思いますが)
バスで揺られながら、ずっとR氏の隣にいたひもくみ。冬だったので、スコートでお互いの手を隠しながらずっと一緒に手を握っていました。そんな時代も、私にはあったんです・・・・・。
バス停からR氏の家まで、彼はあのバクー空港で消失したひもくみのスーツケースを運んでくれました。本当に、会ってた時の彼は完璧だったんです。ここまで、私の事を気遣ってくれた異性は、恥ずかしながら今まで彼が初めてでした。
R氏の実家は、首都のビルが立ち並ぶバクーとは打って変わって、かなり田舎臭さはありました。都心を少し離れると、ここまで格差がある事にビックリです。家の周りの道路は舗装されていないし、トイレも家と離れたところにあり、確か自分で流さなければなりませんでした。
ただ、彼のお母さんは本当に良い人で・・・・・。私を、娘のように気遣ってくれてました。R氏のお母さんにはシルクの靴下、R氏には日本語の文法本をプレゼントしました。
しかし、R氏は既にその文法書をネットで購入しており、ひもくみのプレゼントは無駄となりました。ただ、それももったいないと思い、私が彼に一緒のテキストを使って日本語を教える、というプレゼントという形にしたのです。
しかし、その文法書をR氏と一緒に使うことはそこから2度とありませんでしたけどね・・・・。
2013年の新年は、R氏の実家で迎えたのです。ひもくみは、その新年は風邪で寝ていたので、寝過ごしました(笑)R氏のお母さんは本当に良い人で、たとえ言語が通じ合えなかったとしても、ボディーランゲッジで何とか伝えようとしてくれて。そして、ひもくみがまた風邪を引くといけないからと言って、大量に服をプレゼントしてくれました。今でもその服を着る度に、彼のお母さんを思い出します。(実は、まだ着てるんです)
そして、2日間お世話になり、そこからまたバクーに帰り新たなホテルへと向かったのです。その帰る途中、R氏はもう会うのが難しいというような感じの事を言っていて。確かに、毎日往復4時間はキツイかもしれない。
けど、ひもくみも大学通う時はその位掛かってたし、彼より私の方が費用と時間を掛けて彼の為にここに来てるわけです。なので、彼にそこに関しては少し怒りました。そして彼は、「もう一度会えるよう努力してみる。」と言い残し、自分の家へと帰って行ったのでした。
アゼルバイジャンの二流ホテル
次に泊まったホテルは、最初の三流ホテルと比べて雲泥の差がありました。まず、ホテルスタッフは完璧に英語が喋れました。次に、ホテルの部屋も綺麗かつ朝食込みで、三流ホテルよりも値段が安かったのです(その当時、割引価格だったため)。朝食も、三流ホテルの朝食よりも、格段に美味しかった。
ホテルの室内の写真は、こちら!
シャワーはガラス張りで、その横にトイレがあります。この時点で、高級感が漂ってきます。最初のホテルが微妙だっただけに、この二流ホテルの部屋はひもくみにとって輝いて見えました。
アゼルバイジャンの宗教も、メインはイスラムなので、やはりここにもウドゥー(清め)用の小シャワーが付いております。ムスリム(イスラム教徒)である私にとっては、有難い設備です。
さて、中には忘れている読者さんもいらっしゃる事でしょう。
「ん?何が??」
はい、そうですね。答えを言いましょう。
R氏からの輪っか(指輪)
R氏、指輪を渡すと言いながら結局忘れていました。もちろん、ひもくみは覚えていましたけどね。R氏が帰ってから、彼からのコンタクトの途中で突然、「Oh」と来ました。
「ごめん、指輪を渡す事を忘れてたよ!クミコが日本に帰ってから郵送するよ。」
と凄く格好悪い返事が帰って来たのです・・・・。それはさすがに、ひもくみも断りました。
けど、会えない事に関しては凄く不満だったので、それを伝えていたら、彼は「絶対明日会いに行き、指輪を君の為に買う。」と言い残し、本当に次の日にやって来ました。そして、一緒に指輪を買いに行ったのです。
正直、アゼルバイジャン人の指輪のサイズはどれも大きく、ひもくみにぴったりなサイズなんてありませんでした。しかし、少し大きめながらマックスに小さい指輪を見つけたので、彼はそれを買い、私に授けました。その指輪がこちら。

階段の上で、「大好きだよ。」の言葉と共に―――。
この思い出は、本当に印象的で、今でも忘れる事が出来ないくらいに嬉しかった。そして、ホテルで最後に二人で泣きながら抱き合い、必ず会おうと誓い合ったのです。この時、R氏も私と別れる事を切なく思い、初めて私は彼の泣き顔を見ました。彼も、初めて女の為に泣いた、と。
アゼルバイジャンの彼氏と別れた後
こんな甘い出来事があっても、今となっては彼と別れて正解だったと思います。けど、彼を愛した事を後悔はしていません。私たちは「愛情」を履き違えただけなのだと思います。お互い愛し合っていたけれど、その愛情表現が上手く行かなかった。そう思います。
この指輪、ひもくみはR氏に絶望し、別れた後でトルコで指輪交換をしてしまいました。
「何と非情な!」
という男性もいらっしゃると思います。
そうかもしれません。ただ、ひもくみは別れた異性の物はなるべく取っときたくないんです。女とは、そんなもんです。

アゼルバイジャン人の特徴を、私の過去の恋愛話を元に語って行きました。アゼルバイジャン人というより、むしろアゼルバイジャンに住んでいるLezginという少数民族の男性の特徴の話になってしまいましたね。
ちなみに、トルコで交換した指輪。どんな指輪に交換したかは、実はこのJapaNEOブログのひもくみの自画像に写ってあります。指輪物語の行方が気になる方は、探してみて下さいね(笑)







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